翻訳コラム

2022.06.01

翻訳対象の知識を深めよう

みなさんご存じのとおり、技術文書にはいろいろな種類があります。文書の種類でいうと、ユーザーズマニュアル、取扱説明書、技術資料、図面、カタログ、会社概要、学術論文、契約書、特許明細書、などでしょうか。分野は、ざっくりいうと工業分野と医療分野です。これらの文書の翻訳は、技術翻訳とか産業翻訳と呼ばれています。

技術文書を翻訳するときに一番大事なことは、わかりやすく書くことです。では、どうすればわかりやすい文書になるでしょうか。
わかりやすいとは、読み手にとって必要な情報がそこに入っていることと、理解しやすいことです。翻訳にあたっては原文に必要な情報が入っていることを前提とします。ですから、原文をいかに正確に、わかりやすく翻訳するかが鍵となります。

正確に翻訳する大切な要素は、その分野や製品の概要を理解していることと、言語に精通していることです。
私は英文科卒の根っからの文系で理系は苦手意識がありました。そんなこともあって、和英翻訳において、日本語が不自由で理系のバックグランドが無いネイティブにチェックしてもらうと、私のつたない英訳が、ネイティブに誤解されて、明らかにおかしな内容になってチェックが返ってくるという現象が最初の1~2年は多発しました。お恥ずかしい話ですが、ネイティブチェックを通じて、入社2年を経てやっと私の英訳は英語として正しく通じるレベルになったとわかりました。

とはいっても、私はネイティブが万能だとは思いません。入社後しばらく経ってから感じたことですが、言語にも技術の分野にも精通したネイティブはそう多くはいません。例えば、その部品が単数か複数かわからなければ正しい英訳ができません。同様に、その部品の役割や位置などを想定できて初めて、theとaなどの冠詞や、onかinか等の前置詞のどれがふさわしいかが決まるのですから、製品の理解なしには正しい英訳はあり得ないのです。

また、日本語として大変わかりやすい表現でも、英語にすると不自然になると感じたこともあります。日本語には書いてない主語や目的語を補わないと英語として回りくどい表現になってしまいます。回りくどいだけではありません。原則として、文章をとおして、決まった視点から物事を見た方が読み手にとってわかりやすいことが多いのです。主語が製品なのかユーザーなのか、あるいは製品の動作なのか、視点を統一したり、ときには意識的に変更したりして自由自在に翻訳するには、原文には書いていない言葉を補うことが必要となります。そのために、その分野や製品の知識は欠かせません。

このインターネットの時代においては、本だけではなく、ネットで検索して知識を身につけることができます。その上でなおわからなければ周りの詳しい方、つまり、製品を長く担当している経験が深い翻訳者にチェックしてもらったり、製品を開発した技術者やマニュアルを作成したテクニカルライターに質問ができる環境があったりすればとても良いのではないかと思います。手前味噌になりますが、現在のフリーランスになる前に製造業の会社員だった頃、入社後に新人研修を終えると、すぐ翻訳部署に配属されすぐまた製品の設計部や営業技術部に回されて、技術者に囲まれていた時期がありました。そのとき私は必ずデスクに缶に入れた飴を置いて、仕事の合間に一息つく諸先輩方をおびき寄せました。みんなに飴をなめてもらい、そのついでに、一つ二つの質問に答えてもらうのです。フリーランスになってからは、質問のしかたを間違えて失敗したこともあります。依頼元の翻訳会社を通さずメーカーに電話をして質問してしまい、その後その翻訳会社から依頼が来ることはありませんでした。契約違反でした。事前に依頼元に確認するべきでした。
メーカーに在籍しても、翻訳会社と契約しても、読み手は近いようで遠い存在だと感じます。ですから、なおさら、自分が読み手の立場で原文を読み、よりわかりやすい文章に頭の中で書き直して、さらに、自分が翻訳した文章を見直すことをお勧めします。

話がそれましたが、翻訳するドキュメントの内容を理解することがいかに大切かについてお話させていただきました。(藤井)

執筆者プロフィール
  イギリス生まれ北海道育ち。小学生のときにアメリカで1年半過ごす。津田塾大学卒
  日本の半導体メーカーで技術系の翻訳に約20年従事。現在はフリーランス